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義経北方伝説

よしつねほっぽうでんせつ

平泉の地で兄頼朝により自刃に追い込まれたとされる源義経。しかし実際に命を落としたのは義経の身代わりの家臣であって、当の義経は北に逃げ延びたという伝説が残されております。それが義経北方伝説です。
北方伝説とされるルートにはこの宮古の地も含まれており、宮古市の黒森神社所蔵の「黒森山神譜」によれば義経主従はこの黒森神社内で三年三ヶ月の行を行い、大般若経を六百巻写経し奉納したとされます。
黒森神社の名前の由来は、くろう=九郎(義経の仮名は九郎)の転化したものだと云われています



市内沢田には判官神社がございます。この神社の名前は源九郎判官義経の名が由来と言われております。